次々と発売されるカメラやレンズを手に入れてしまいたい、という浮かんでは消える煩悩と向き合うためにブログを書いています。
たまに欲望に負けて買ってしまいます。
なお、買うときはつべこべ言わず買います。

α7RIII + SONY FE 85mm F1.8@舞岡公園。


今朝は舞岡公園にSONY α7RIIIと85mm一本で出かけてきた。まず気が付いたことは、α7RIIIのシャッター音。カンカンカンとうるさい。最近使い始めた、ニコンの一眼レフ、D600のボシュ、ボシュ、という音のほうが好きかもしれない。D600を持たなければ今まで大して気にしていなかったあるいは気が付かなかったことだ。シャッター音は撮影体験に大きく影響する気がする。なんてことも沼の入り口に立たされている気がする。地獄のシャッター音沼である。

続いて、85mmという焦点距離、画角。とにかく狭い。35mmだけを3日連続使って35mmの画角に目が慣れてきた頃だったので、85mmはこれまた狭いなーと。35mmの目で見て85mmで撮ると、何を撮っているのやらなかなか難しい。そしてだんだん85mmの画角に切り替えていく。だがズームレンズを持っているときにはこんな感覚にならないので、ズームレンズだけではいくらやっても画角感はつかめないんだろうなという気がする。85mmはポートレートレンズとよく言われるが、人を撮るための間合いを自動的に撮らせてくれるレンズという意味だろう。スナップや風景の時の85mmの意味は、あれもこれもと詰め込むのではなくて、なるべく余計なものを画面に入れないように自動的に撮らせてくれるレンズだろう。

α7RIIIで撮ると、EVFで見える画像がもうキラキラしていてなんというか実物感がない。もはや好みの問題だが、今目の前のものを見るか、撮影後を見るか。EVFを見ても想像力は掻き立てられない。目の前のものを撮るのみ。シャッター速度に関しては、手振れ補正が強力なのでだいぶ長いシャッター速度でも撮れる。それなりに絞って、ISO100近辺までもっていくことも可能。85mmで1/8秒の速度でも手ブレがほぼなく大丈夫だったが保険のため数枚撮っておけばより安心。手振れ補正無しだと1/90秒か1/125秒あたりで撮っておいたほうが安心。

必要な画角の違うレンズを買いそろえていくことはレンズ沼とは言わない。
ではレンズ沼とは何か。そしてなぜレンズ沼にはまるのか。レンズ沼と一口に言ってもいろいろなはまり方がある。レンズ沼のタイプとはまり方をラーメンにたとえてみる。

レンズ沼とは、(1) 同じシステムの中で同じような焦点距離のレンズを数本そろえたり、(2) まったく同じ焦点距離のレンズを個別のマウントごとにそろえたり、(3) まったく同じ焦点距離のレンズで開放F値違いのレンズを描写が違うといってそろえたり、(4) 純正とレンズメーカーで同じスペックのレンズを持ってみたり、(5) 同じメーカーでレンズのバージョン違いのレンズをそろえていったり、(6) まったく同じレンズを個体差があるといって数本そろえたりしていくことだろう。

(1) 「同じシステムの中で同じような焦点距離のレンズを数本そろえる」は、初歩的な沼だ。
28mmを持っているところに35mmを両方買うこと。85mmと105mmと135mmを全部買うこと。対して違わない広角や中望遠の焦点距離のレンズをそろえていくことだ。もちろんそれぞれ用途が違うしそれぞれ使い分けられるのなら問題ないが、あとは好みの問題か。好みの問題=レンズ沼ともいえる。
醤油ラーメンだけでなくたまには塩ラーメンを食べたいときもある。

(2) 「まったく同じ焦点距離のレンズを個別のマウントごとにそろえる」は、マウント沼ともいう。
例えばキヤノンとニコンとソニーのそれぞれのマウントで50mm F1.4レンズを持って取り比べすることだ。レンズの違いをマントを超えて味わいたい上級者向けの沼。別メーカー別マウントのシステムを同じように持ちたくなる気持ちもよくわかるが、マウント沼でありレンズ沼だ。
同じ家系ラーメンでも店ごとに味は別物だもの。

(3) 「まったく同じ焦点距離のレンズで開放F値違いのレンズを描写が違うといってそろえる」は、最初に安いレンズを買って、あとで気になって高いレンズを買うときに起こりがちだ。
すなわち、50mm F1.8のレンズと50mm F1.4のレンズを両方持つことだ。大して変わらないのに二本以上そろえてしまうことだ。70-200mm F2.8と70-200mm F4のレンズのように、大きさ重さが異なるとかであれば理解できるが、F値のみが違い、大して重さと大きさが違わないレンズを数本そろえてしまう。それがレンズ沼だ。
これは、中細麺と太麺でラーメン味が変わるらしい。ほんとうだろうか。

(4) 「純正とレンズメーカーで同じスペックのレンズを持ってみる」は、純正を持っているのにシグマのARTレンズに手を出す沼のことだ。シグマの50mm F1.4とニコンやキヤノンの50mm F1.4を両方持って撮り比べてみたりすることだ。描写が違う、色が違う、ボケが違う、こだわりだしたら仕方がないが、使い分けができて結果がそれほどまでに違うかは疑問が残る。まあ好きなレンズを使うのが一番写欲を高めることであるが。
しょうがない。インスパイア系がうまいこともある。

(5) 「同じメーカーでレンズのバージョン違いのレンズをそろえる」は、ニコンでいえば50mm F1.4S、50mm F1.4D、50mm F1.4Gとそろえてみて撮り比べること。PENTAXならM42のSuper Takumar 50mm F1.4の初期と後期に始まり、SMC Takumar 50mm F1.4、Super-Multi-Coated Takumar 50mm F1.4、PENTAX K、M、A、F、FA、DFA☆まで並べて撮り比べてみることだ。シングルコート、マルチコートから最新コーティングによるフレアの違いを楽しんだり、フォーカスリングの滑らかさの違いを感じたり、オートフォーカス音や速さを比べたり、絞り開放と絞った時の描写の変化をそれぞれの世代で楽しんだりすることだ。レンズの描写の違いや操作の違いを楽しむ。
同じラーメン屋でも店主の世代が変わると味の違いも出てくるものだ。

(6) 「まったく同じレンズを個体差があるといって数本そろえる」は、特にオールドレンズで起きやすいかもしれないが、レンズに個体差があり、描写の違いが出てくることがある。そこまで比べたことはないが、現代のレンズでも個体差はあるようだ。同じレンズを数本並べて、開放側はこれが一番いい、絞ったときはこちらのレンズのほうがいい、なんてことがある、、、のだろうか。。。
まったく同じラーメン屋の店舗でも、季節、温度や湿度、時間帯でスープの味が変わったり、空腹具合や体調によって変わったり、作る店員さんで味に変化が出てくるものだ。同じラーメンが二度とないのと一緒で同じレンズは一本もないともいえる。。。。

レンズごとに特徴があり良さがある。気に入ったレンズ=気に入った写真が撮れたレンズのことだ。
仮にすべての側面で最高の完全無欠のレンズが出たとしても、それ一本で満足できないのが不思議なレンズ沼だ。撮る側の人間が完全無欠ではないからだ。

レンズ沼にはまらない方法は、ただ一つ、今手元にあるレンズで気に入る写真が撮れるまで撮影に出かけることぐらいしかなさそうだ。ラーメン屋も真っ先に行こうと思うのはいつもいく一番近所にある店だ。それでもたまには別の店に行きたいこともあるし別のラーメンを食べたいこともある。ガイドブックに載っているラーメン屋に行きたいこともある。初めて食べたときに飛び切りおいしい!と思っても、2回目3回目となると感動が薄れてくるラーメンもあるので要注意。一番いいラーメン屋は、味を気に入りつつ、何度食べても飽きずにまたいくかと思って食べ続けられる近所にあるラーメン屋である。レンズも同じで味がどうとか関係なく気に入る写真がいつも通りに撮れるレンズが一番いいレンズだ。そして味にこだわりだすと沼にはまる。いろいろなレンズに手を出してしまう。ラーメン屋を年間百件回った!という人の勧める店と、同じ店に百回通い続けた人の勧める店とどっちがいいか。毎回同じ店に行く人はブログなんか書こうとも思わないだろうが、いろいろ回る人はブログに書きたくもなるだろう。レンズも同じだろう。それもこれも趣味で好みの問題であるのだが、レンズに描写の良さや味を求めはじめるとレンズ沼にはまりやすくなるのではと思えて仕方がないのだ。

Add Comments

名前
 
  絵文字
 
 
最新コメント
カテゴリ
記事検索
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ