次々と発売されるカメラやレンズを手に入れてしまいたい、という浮かんでは消える煩悩と向き合うためにブログを書いています。
たまに欲望に負けて買ってしまいます。
2024年の目標は、これ以上カメラもレンズも買わないことです。

SANYO Xacti S4@2016年2月、羽田空港。外で撮ればパキパキッと写っている。単三の乾電池で動くのがよいところ。十年以上も前のカメラだが、正直撮れる写真の良し悪しは最新のものとほとんど一緒なんだよな。一度水没したこともあり、いつ寿命が来てもおかしくない。それでもまあよく動いてくれている。唯一の問題は、最近のSDカードだと容量が大きすぎて認識できないこと。256MBとかの古いカードが必要。電池やカードを入れなおすたびに時刻合わせが必要だが、設定しないと2004年6月1日にセットされる。


なぜコンパクトデジカメの市場が縮小したか。それはスマホが原因なのか。理由はスマホの画質が上がったことなのか?一眼レフならスマホよりも画質がいいから市場は安泰なのか?どうもスマホのカメラの良さは画質が上がったことだけではなさそうだということが、一泊二日の旅を通じて気づいたことだ。

週末、一泊二日で釣りと温泉と城に出かけて来た。持っていったカメラはFUJIFILM X-T2+XF16-55mm F2.8+ Nisshin i40、嫁さんのPanasonic TX1、iPhone 7 Plus、それとビデオカメラ。

カメラに重要なポイントは、手のポジション獲り、である。結局、カメラを手に持っていないと人は写真を撮ることができない。手にカメラを持っていない状態から、いかに撮る気にさせ、すなわち、すばやく手にカメラを取る気にさせるか、そして邪魔になったらすぐに手をフリーにさせられるかが、カメラの鍵となるのではないか。

結論としてスマホとカメラの決定的な違いは、サッと取り出す気にさせ、サッと仕舞えるかを考え抜かれているかどうかの違いなのではないか。

初日、釣りの場面。X-T2の出番はない。そもそも写真はほぼ撮らず。手にはカメラ以外に釣竿、餌、魚、長男、次男、と入れ替わり立ち替わりの状態で、一眼レフなんて邪魔でしかたがない。そんな状態の手で大事なカメラを触りたくもないし、水も近いのでいろいろな危険もあり写真なんか撮る余裕はない。結果嫁さんがTX1で釣りの様子などを撮ってくれていた。もし防水カメラがあったら撮るだろうか。いや、撮らないだろうな。魚の写真を撮るにしても、一度手をタオルで綺麗に拭いて、ポケットにあるスマホをなるべく汚さないように指でつまんで撮るだろう。

温泉宿の場面。部屋の中でくつろいだ状態。子供達は畳の部屋や椅子の上などで遊びまわっている。大人たちの手にはビールのコップやお菓子。こぼされないように、間違ってお酒を飲まれないようにガードする必要がある。ただし、面白そうな場面ではiPhone 7 PlusとX-T2の出番もある。ポケットや手元にはスマホがある。まずスマホで撮るだろう。さらに、部屋を一歩出てしまうとX-T2に出番はない。食事する宴会場にX-T2をわざわざ持っていくことはしない。酔っ払ってカメラにお酒をひっくり返したりしたら目も当てられない。カメラはしまっておくに越したことはない。

二日目、城に出かけた場面。嫁さんはTX1を車の中に置いて来てしまった。もはやTX1に出番はない。スマホで撮ることになった。自分はX-T2を取り出して肩にかけ、準備万端。紫陽花や菖蒲が綺麗だ。息子よ、ちょっとその辺に立ってくれ、、、と思ったら、なんと長男は歩くのを嫌がり肩車をリクエスト。こうしてX-T2の出番はなくなり、自撮りしてのiPhone 7 Plusでの撮影となった。その後、城に併設されたミニ遊園地でミニ汽車やゴーカートがあり、ここでは彼らも手元から離れたため、X-T2+i40でバッチリ撮れた。レンズも16-55mmのおかげで狭いところから少し離れたところまであらゆる場面でくまなく撮れた。

結果、カメラはすぐに撮れる状態までどうやって持ち込むかが鍵。旅行でも観光地や散策などで肩や首にぶら下げる、手で持つなど常時撮れる状況を確保できれば出番はあるかもしれないが、旅ではカメラ以外にも他に手に持つべきものはたくさんある。お土産だったり、カバンだったり、買い食いしたお菓子だったり、子供だったり、繋いでいる誰かの手だったり。それらを差し置いてカメラは手のポジションを取らなければならない。カメラをカバンにしまわれたままだと、これだけは撮りたい、と思う場面自体も引き寄せられない。一度取ったとしても、ずっとカメラが手の位置をキープできるような状況でもない。

スマホは基本常に持ち歩いているし、いかに人の手に持たせようとするかをありとあらゆる方法で誘惑することを考え抜かれて作られている。したがって、とっさに取り出させて使わせる名人であり、それがスマホの当たり前の仕事なのだ。使う人間はいつのまにかスマホにそれを習慣づけられているのだ。そうなるととっさの写真はスマホ以外ありえない。別のもので手が塞がって邪魔になったら放り投げてもいいし、ポケットにでも入れておけばいい。スマホで気軽に撮れて撮る枚数が増えれば次第に撮る方も上手くなる可能性があるし、「いいね」が押されればまた撮りたいという欲も出てくる。最近ではAIで選別や微調整までしてくれる。スマホには撮り続けたくなるシステムが出来上がっている。

強い目的があって撮る場面以外では、コンデジはおろか一眼レフの出番ももはやなくなって行く。仕事や行事ならともかく、日常生活はもちろん、旅行中でも人は写真を撮ることだけを考えているわけではないのだ。

どんなカメラならスマホから手を奪いとれるのか。撮るたびに発見があり驚きがあり、撮るたびに良い写真が撮れるようになり、もっと撮りたい欲を掻き立てるカメラ、一度手にしたらもう手放せないカメラ。そんなカメラしかもうスマホには太刀打ちできないんじゃないかなあ。

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